双極性障害で疲れた日の過ごし方|“回復できる日”を優先するようになった
双極性障害の「疲れ」は、ただの疲労では終わらないことがあります。
人混み、会話、外出、情報量。
特別なことをしていなくても、普通の一日を過ごすだけで脳が消耗して、
帰宅したあとに何もできなくなる日がある。
そういう日が、私にはわりとあります。
以前は「休むのは甘えなんじゃないか」と思っていました。
でも今は、“疲れた日の過ごし方”そのものが回復にとって大事だったんだな、
と感じています。
この記事では、疲れた日に私がやめたこと、
そして始めたことを、実際の体験をもとに書いていきます。
結論だけ先に言うと、気合いではなく「安心」を優先するようになってから、少し楽になりました。
双極性障害の「疲れ」は、普通の疲労と少し違った
最初に伝えたいのは、双極性障害の疲れは、いわゆる「疲労」とは少し質が違うということです。 体が重いというより、頭の中が動かなくなる感覚に近いかもしれません。
脳が“刺激疲労”を起こしている感覚があった
体は元気なのに、脳だけがぐったりしている。 そういう日があります。
刺激疲労、という言葉が正しいのかは分かりません。
でも、音や光や人の声といった「外からの情報」を処理しきれなくなって、
脳がオーバーヒートしているような感覚なんですよね。
双極性障害の脳疲労は、
こうした情報処理の負荷から来ているのかもしれない、
と私は思っています。
詳しくは関連記事の双極性障害と脳疲労|頭が動かない日の正体でも触れているので、気になる方は読んでみてください。
人混みや会話だけで、頭が真っ白になる
たとえば、人の多い場所に行った日。
特別なことは何もしていないのに、
帰る頃には頭が真っ白になっていることがあります。
会話も同じです。 楽しい時間だったはずなのに、
終わったあとに脳が回らなくなる。
言葉が出てこなくなって、考えがまとまらなくなる。
「双極性障害で頭が回らない」「会話だけで疲れる」と感じる人は、
たぶん少なくないと思います。 私もそのひとりです。
移動だけで消耗してしまう話は、
双極性障害の脳疲労|バスや電車で疲れる理由にも書いています。
「弱音」が言えず、無理を続けていた
正直に言うと、長いあいだ弱音を口に出せませんでした。
溜め込んで溜め込んでやっと限界を超えて涙が出る。
そこでやっと気づく。「ああ、辛いのか」と。
無理をして得られたものは、あまりなかった気がします。
むしろ後から崩れて、結果的に何日も動けなくなる。
あれは「甘え」でも「逃げ」ではなく、
ただ限界を超えていただけだったんですよね。
限界を超えるということがどれだけ周りにとって
迷惑かすら頭にありませんでした。
以前の私は、“回復しにくい休み方”をしていた
ここで少し踏み込んだ話をします。
実は私は、「休んでいるつもりで、まったく回復できていない」時期が長くありました。
休みながら、ずっと不安になっていた
横になっているのに、頭の中はずっと動いている。
「このまま何もできなかったらどうしよう」と考えてしまう。
体は休んでいても、心は休んでいない。 そういう状態だったと思います。
双極性障害だと、休んでも疲れが取れない、
休むほど焦る、ということが起きやすい気がします。
私の場合、休息そのものが不安の時間になっていました。
SNSや通知で、脳が休まっていなかった
これは大きかったです。 横になりながらスマホを見ていたので、
脳はずっと情報を処理し続けていました。
LINE、ニュース。 ゲーム。動画。
休んでいるつもりで、実は休めていなかった。
通知音が鳴るたびに神経が反応して、
そのたびに少しずつ消耗していたんだと思います。
今思えば、あれは休息ではなく、別の作業をしていただけだったのかもしれません。
情報による疲れについては、双極性障害と脳への刺激|情報疲れとの付き合い方でも書いています。
「何かしなきゃ」が、神経を張らせ続けていた
そしてもうひとつ。
「何かしなきゃ」という気持ちが、
ずっと神経を張らせていました。
落ち着かない。 じっとしていられない。
休んでいるのに、休めていない。
この緊張状態が、回復をいちばん邪魔していたように思います。
疲れた日に、今の私が優先していること
ここからは、今の私が疲れた日にやっていることです。
特別なことではありません。
でも、この小さな工夫で、少し回復しやすくなりました。
1、まず“刺激”を減らす
最初にやるのは、刺激を減らすことです。 具体的には、こういうことをしています。
- スマホの通知を切る
- 照明を少し暗くする
- できるだけ人と話さない
- 情報を入れすぎないようにする
- ゲームの時間を決める
音がつらい日は、無音にすることもあります。
静かな場所にいるだけで、脳が少し楽になる気がするんですよね。
2、「安心できる時間」を意識して作る
次に、安心できる時間を意識的に作るようにしました。
- 猫と一緒に過ごす
- 温かい飲み物をゆっくり飲む
- 毛布にくるまる
- いつもと同じ音楽を流す
うちには猫がいるのですが、猫がそばにいると、不思議と神経が緩みます。
何かしてくれるわけではないんです。
ただ、同じ空間にいてくれるだけ。 それで十分なんですよね。
猫の存在が安心の土台になっている話は、双極性障害と猫|静かにそばにいてくれる存在でも書いています。
3、“何もしない”を許すようになった
そして、いちばん大きく変わったのが、これです。
“何もしない”を、自分に許せるようになりました。
横になる。 考えない。 生産性を求めない。
以前なら罪悪感でいっぱいになっていた時間です。
でも今は、「これも回復のうち」と思えるようになりました。
何もしない日があってもいい。
そう思えるだけで、少し呼吸がしやすくなった気がします。
横になって眠れるなら、それは脳が疲れている証拠だと思っています。
ですから私は、たとえ1時間でもいいから
空いたすきま時間に横になって、可能なら寝ます。
そうすると、後のタスクを少しでもこなせるからです。
それでも「あー無理!」と心の中で叫んだり、大きなため息をついたり。
なんてことはざらです。まあ主に晩ご飯作ってるときの話なのですが。
結構過負荷なんですよね。ご飯をを作るのって。
そんな時も時間が空いたらすぐベットinです。
洗濯物は母に任せて1時間から2時間ほど寝ます。
そのせいで眠りづらくなっても、いいと思っています。
必要な時に必要なだけ寝るって、結構大事だと思っているので。
私の場合、本格的に眠れなかった時は、youtubeの動画の音声を最小にして
ぼそぼそとしか聞こえない。そんな環境を作ります。これが意外と寝れるんですよね。
回復の習慣については、脳疲労からの回復習慣|小さく整える毎日にもまとめています。
疲れた日に無理をすると、後から反動が大きかった
ここで、無理をしたときの話もしておきます。 これは、何度も失敗して学んだことです。
「まだ動ける」で動くと、翌日崩れる
双極性障害だと、「まだ動ける」という感覚が当てにならないことがあります。
その日は動けても、翌日にどっと崩れる。
ひどいときは、数日間動けなくなる。
「まだいける」と思って動いた結果、後からツケが回ってくる。
これを何度も経験しました。
私の場合、人が関わると仮面を被って、
鬱でしんどい私なのに元気な私を演じます。
するとどうでしょう。翌日以降のエネルギーの前借をしているので、
予測不能なしんどさが襲ってきます。
私はこれを15年は経験しています。
(病院で診断を受けたのは24歳でしたが、
それ以前から軽躁の症状はありましたので、
おそらく20歳ころには双極性障害だったのだろうと推測しています。)
15年目にしてやっと自分の状態がわかるようになり、
対策が打てるようになり、回復させる努力ができるようになりました。
たぶん、「そー」ちゃんの約一年の介護歴が私を少し変えてくれたんだと思っています。
「そー」ちゃんのために「今のうちに寝ておこう」という
心理状態が私自身に適用されてきたんだと。悲しい話ですが。
「頑張れる日」に頑張りすぎないようになった
今は、調子がいい日にも、頑張りすぎないようにしています。
「頑張れる日」は嬉しいです。
でも、その勢いで動きすぎると、あとで反動が来る。
だから、頑張れる日ほど、少し抑える。
これは生活を守るためのペース配分なのかもしれません。
調子がいいときほど注意が必要、という話は双極性障害で調子がいいときの過ごし方でも触れています。
回復に必要だったのは、“気合い”より安心だった
長く双極性障害と付き合ってきて、少しずつ分かってきたことがあります。
回復に必要だったのは、気合いではありませんでした。
4、安心できる場所で、やっと神経が緩んだ
気合いを入れても、神経はゆるみません。
むしろ、力が入って余計にこわばる。
私の場合、神経がやっとゆるんだのは、安心できる場所にいるときでした。
うちの部屋。 猫のいる空間。 誰にも気を遣わなくていい時間。
そういう場所でだけ、ようやく脳が休めた気がします。
回復には気合いより安心が必要だった、という話は双極性障害の回復は安全基地から|意志の力ではないに詳しく書いています。
5、「壊れない過ごし方」を優先するようになった
だから今は、「頑張る過ごし方」より、「壊れない過ごし方」を選ぶようにしています。
無理をしない。 つらいものから少し距離を取る。 自分を守る。
これは逃げではなく、生きていくための工夫なんだと思います。 たぶん、そういうことなんですよね。
まとめ|疲れた日は、“回復できる過ごし方”をしていい
最後に、この記事の要点をまとめます。
- 双極性障害の疲労は、脳の消耗に近いこと
- 休んでいるつもりでも、刺激のせいで回復できていないことがあること
- 回復には「安心できる環境」が大切だったこと
疲れた日に大事なのは、「ちゃんと休むこと」よりも「回復できる休み方をすること」かもしれません。
あわせて読みたい関連記事 ・双極性障害で疲れやすい原因|脳の仕組みから考える ・双極性障害と安全基地|安心できる場所のつくり方 ・双極性障害の気分の波|また落ちたときの考え方
以前の私は、疲れていても“普通”に動こうとしていました。
でも今は、“ちゃんと回復すること”も、
生きていくために必要なことだと思っています。
疲れた日は、回復できる過ごし方をしていい。
そう思えるようになっただけで、
少しだけ、毎日が楽になった気がします。

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