「何もしていないのに疲れる」。
そう思いながら、もう何日も過ごしていた時期が多々あります。
寝ても頭が重い。ついでに言うなら体も重い。体を置く場所がない感じ。
それでも、怠けているだけなんじゃないか、と自分を責めていました。
今思うと、あれは脳疲労、と呼ばれる状態だったのかもしれません。
双極性障害の私には、わりとなじみのある感覚です。
この記事では、脳疲労が回復しなかった頃のことと、
少し楽になるまでに私がしたことを書きます。
ガチでしんどかった症状のことは双極性障害の脳疲労が限界に来た時、私がやっている対処と気づきでも書いてます。
1. 脳疲労とは?「ただの疲れ」と違うと感じたこと
脳疲労は、体の疲れとは順番が違う気がします。
私の場合、体は動くのに頭だけ止まります。あと締め付けられるような痛みもあります。が、この時は鎮痛剤を飲んでやり過ごします。
体が動くと言っても司令塔の頭が止まっているので、ノロノロ動く感じですが。
ぼんやりとして現実味がなくなる。
仕事の作業スピードが格段に落ちる。
立てるし歩けるのに、文章が組み立てられない。
晩ごはんを何にするか、それすら決められない日がありました。
いちばん戸惑ったのは、感情が動かなくなることです。
うれしいはずのことに、心が反応しない。
悲しいわけでもない。
ただ感情のつまみが下がっている、そんな感覚でした。
「疲れ」というより「脳が処理をやめている」。
指揮者のいないオーケストラ、あるいは黒電話と母は表現しています。
私もなるほどと、そう受け取っています。
あ、黒電話ご存じない方申し訳ございません。検索してみてください。
2. 脳疲労が回復しなかった頃の私
休んでいるのに、まったく回復しない時期がありました。
横になっていても、頭の中の考え事が止まらないんですよね。
体は休んでいても、脳だけ残業している。
今ならそう分かりますが、当時は「休み方が下手なだけ」と思っていました。
スマホもよくなかったと思います。
休憩のつもりで見ていたのに、流れてくる情報を脳は静かに処理し続けていた。
休んでいたのは体だけだったのかもしれません。
でもどうしても寝つけない時は音量を下げて、
ボソボソとした動画音声を聞きながら目を閉じると寝れる時があるので、
スマホ全部が悪いとかそんなことは決してないと思っています。
それに、「こんなに休んでいいのか」という罪悪感が、ずっとありました。
その罪悪感自体が、たぶん私をまた疲れさせていた気がします。
3. 私が気づいた”脳疲労のサイン”
何度か繰り返すうちに、脳が限界に近いときの目印が分かってきました。
まず、言葉が出てこなくなります。
話そうとしても単語が出てこない。
「あれ」「それ」が増えてきたら、だいたい脳が疲れています。
私の場合は、そもそも話したい気分すら失ってしまうんですけど。
次に、LINEの通知が一件鳴るだけで、どっと疲れる。
返信の内容を考える前に、もう消耗しているんですよね。
いやもう、勘弁してくれと思ってしまいます。
あとは、音や光がつらくなります。
テレビやパソコンからの音量が高いと耳が痛くなって精神にも障ります。
普段は気にならないものが、急に強い刺激に変わる。
このあたりが出てきたら、私はもう省エネに切り替えます。
こういう疲れ方は、双極性障害の混合状態のあとにも似たものが出る気がします。
そのときのことは混合状態の翌日に襲ってくる疲労について書いた記事にまとめているので、思い当たる方は読んでみてください。
4. 回復には「刺激を減らす」が効いた気がする
回復のために何かを足すより、減らすほうが効きました。
音楽は鳴らしますが、それだけで、あとはゴロンと寝転ぶだけ。
最初は手持ち無沙汰でしたが、脳にはあれが休憩になっていたみたいです。
SNSも、開かない日を意図的につくるようにしました。
情報を入れないだけで、夜の頭の重さが少し違う気がします。
「今は何も考えなくていい」と自分に許可を出すこと。
考えないことを、ちゃんと予定に入れる。そういう感覚です。
ってまあそんなことができたら苦労はしませんが。
双極性障害も鬱も頭の中常にグルグル考えが回ってて、
それが辛いからって理由もあって薬を飲む病気ですからね。
薬ありきの生活に慣れてしまった今でも、
仕事と頓服の塩梅が分からなくて苦労します。
刺激を減らすという考え方については、
脳と刺激の付き合い方を書いた記事でもう少し詳しく触れています。
あわせてどうぞ。
5. 脳疲労が強い日にしている回復習慣
脳が重い日に、私がしていることをいくつか。
たいしたことではありません。
カフェインの少ないお茶を、ゆっくり飲みます。
味わうというより、手元の温かさに意識を向けるための時間です。
それから、猫のそばで静かに過ごします。
猫がいると、こちらまで呼吸が静かになるんですよね。
何も求めてこない存在が近くにいるのは、
それだけで楽な気がします。
猫は猫で、勝手に私の足を踏んで寝ているだけなんですが。
何故私の足を踏んで寝るのかはわかりませんが。
あとは、朝の時点で「今日は省エネでいい」と決めてしまう。
先に決めておくと、できないことへの罪悪感が少し減ります。
6. 「頑張って休む」は逆効果だった
以前の私は、休むことまで全力でした。
完璧に休んで、明日こそ回復するぞ、と。
でも回復を急ぐほど焦って、その焦りでまた疲れる。
妙な悪循環だったと思います。
今は「少し戻れば十分」と考えるようにしています。
ゼロから百ではなく、三十が四十になればいい。
そのくらいの感覚のほうが、結果的に楽になれた気がします。
7. 脳疲労は”甘え”ではなく、脳からの停止サイン
「動けない日」は、甘えではないのだと思います。
無理を続ければ悪化しやすいですし、
回復には時間差もあるようです。
今日休んでも、楽になるのは数日後だったりする。
脳疲労も積み重ねで起きますが、
休息も積み重ねて回復していくものだと思っています。
だから、休んだ当日に効果が出なくても、
それは失敗ではないのかもしれません。
動けない日を責めないこと。
それも回復の一部なんじゃないかと、最近は思っています。
まとめ|結論だけ知りたい人へ
最後に要点だけ。
- 脳疲労は、体より先に思考が止まる感覚があった
- 休んでも回復しなかったのは、脳だけ働き続けていたから
- 回復には「足す」より「刺激を減らす」が効いた
- 脳疲労の強い日は、朝に「省エネ」と決めてしまう
- 頑張って休むより、少し戻れば十分と考える
- 動けない日を責めないことも、たぶん回復の一部
脳が止まる日は、これからもあると思います。
それでも、責めずにやり過ごす方法をいくつか持っておけば、
前よりは静かに過ごせる気がしています。

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