双極性障害と警戒モード|人の顔を見れなかった20年

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双極性障害の「警戒モード」|常に気を張る脳の話

人混みを歩いたあと、家に帰ると何もできない日があります。

買い物をしただけ。それだけのはずなのに、頭の奥が鈍く重い。

最初は「体力が落ちただけ」と思っていました。

でも、どうやらそれだけではないみたいなんですよね。

この記事では、私がずっと続けてきた“警戒モード”について書きます。

常に気を張ってしまう脳の話です。

同じように「人といるだけで疲れ切る」という方に、少しでも届けばと思っています。

なぜ私は、いつも気を張っているのか

結論から言うと、私はずっと「何か起こるかもしれない」と身構えて生きてきました。

人が多い場所では、数十分で疲れ切ります。

家に帰っても、完全には気が休まらない。

ソファに座っていても、どこかで耳がアンテナを立てている感じがあるんです。

理由は、たぶん一つではありません。

性格、生い立ち、そして双極性障害。

それらが少しずつ絡まっているのだと思います。

双極性障害には、気分の波だけでなく「脳が刺激を受け取りすぎる」という側面があるようです。
気分が落ちているときは特にそうで、ささいな物音や視線が、必要以上に大きく響いてしまう。

これを私は勝手に“警戒モード”と呼んでいます。

正式な医学用語ではありません。
でも、自分の状態を言葉にすると、これが一番しっくりくるんですよね。

集団に入ると、一気に脳がざわつく

人が3人以上いる場所に入ると、脳の中で何かがざわっと動きます。

一人や二人なら、まだなんとかなる。
でも集団になると、処理しきれない情報が一気に流れ込んでくる感じがあります。

3グループが同じ空間で喋っているともう駄目ですね。
聴覚過敏なので、わっ、と耳を塞いでしまいます。
ノイズキャンセリングを付けられればいいんですけど、お高いですし。

会話が始まる瞬間に緊張が走る

特に苦手なのが、会話が始まる「その瞬間」です。

集会のあと、休憩時間、雑談タイム。

こういう、輪郭のはっきりしない時間がしんどい。

「誰と話すべきか」「どこに立てばいいか」が分からなくて、
それを考えているだけで消耗していくんです。

会話の中身ではなく、会話が始まる前の“間”で、すでに疲れている。
そういう感覚に近いかもしれません。

このあたりは、会話中に頭が真っ白になる「ブレインフリーズ」とも地続きの話だと思っています。

私は“望遠レンズを引く”ように周囲を見ていた

人と話すとき、私は相手の顔をまっすぐ見ていませんでした。

正確に言うと、個人を見るのではなく、空間全体をぼんやり俯瞰していたんです。
カメラの望遠レンズを引いて、広く浅く全体を映すような見方。

特定の誰かにピントを合わせると、その人の表情や視線が情報として重すぎる。
だから焦点をあえてぼかしていました。

そして、デフォルトの目線は常に下です。

地面、足元、机の角。

視線を合わせないことが、
私にとっての生活防衛だったのだと思います。

20年続いた“警戒姿勢”は、もう癖になっていた

問題は、これがもう癖になっていたことです。

意識して警戒しているわけではありません。
気づいたら、無意識で周囲を確認している。
20年くらい、ずっとそうやって過ごしてきました。

そうなると、もう「普通」が分からなくなるんですよね。

ほかの人がどれくらいリラックスして人と会っているのか。

気を張らない状態がどんな感覚なのか。

比べる基準そのものを、私は持っていなかった気がします。

人格を形成する期間に家の中が危険地帯だったことからも説明できるかもしれません。
実家にいるだけで疲れる理由|常に戦闘態勢だった学生時代
【体験談】双極性障害の親にされて辛かったこと・救われたこと|「無関心」という最大の自己防衛

双極性障害の脳は、刺激に敏感になることがある

ここで少し、双極性障害と脳の話に触れておきます。

双極性障害は、気分の波が大きくなる病気として知られています。
ただ、それと並んで「脳疲労」や「刺激への過敏さ」も、
多くの人が口にする実感のようです。

※ここからは医学的な断定ではなく、あくまで私の体験と、調べたり主治医に聞いたりした範囲の話として読んでいただけたらと思います。

脳疲労が強いと、人の情報量を処理できない

人と接するとき、脳はものすごい量の情報を処理しています。

  • 相手の視線
  • 表情の細かい変化
  • 声のトーン
  • その場の空気感

健康な脳なら、これらを自動でさばけるのかもしれません。
でも脳疲労が強いと、この自動処理がうまく回らない気がします。

一つひとつを自動ではなく手作業で確認しているような感覚。
だから、人と少し話しただけでガス欠になるんですよね。

「人が怖い」だけでは説明できなかった

長いあいだ、私は自分を対人恐怖症だと思っていました。

でも、それだとうまく説明できないことがあったんです。
仲のいい相手でも疲れるし、仕事先の人とチャットしていても消耗する。
「怖い」というより、もっと別の何かでした。

今思うと、あれは“刺激過多”に近かったのかもしれません。

怖いから疲れるのではなく、情報が多すぎて処理が追いつかないから疲れる。
そう考えると、いろいろなことの辻褄が合った気がします。

抑うつ状態では、特に警戒心が強くなる

そして、気分が落ちているときは、警戒心がさらに強くなります。

抑うつ状態のときは、外出するだけで一日分の体力を使い切ってしまう。

常にどこか緊張していて、心の中で安全確認を繰り返している感じがあります。

「ここは大丈夫か」「逃げ道はあるか」。

誰に頼まれたわけでもないのに、脳が勝手にやっているんですよね。

警戒モードの人が無意識にやっていること

警戒モードに入っているとき、人は無意識にいくつかの行動をとっている気がします。私の場合は、こんな感じでした。

  • 目線を下げる:相手の表情という情報を、最初から受け取らないようにする
  • 人混みで焦点をぼかす:一人ひとりにピントを合わせず、全体をぼんやり眺める
  • 気配だけを読む:声や音の方向で、その場の状態をなんとなく把握する
  • 逃げ道を確認する:出口やトイレの位置を、入った瞬間に探している
  • 一人になれる場所を探す:少し離れた席、壁際、端っこを選ぶ

これらを、私は長いあいだ「自分の性格の弱さ」だと思っていました。

でも、たぶん違います。これは怠けでも、わがままでもなく、
脳を守るための生活防衛だったのだと、今は思っています。

私は「感じが悪い人」になりたかったわけじゃない

正直に書くと、目を合わせないことには、ずっと抵抗感がありました。

相手は、私のことを「無愛想」「感じが悪い」と感じたかもしれません。下を向いて歩くのは危ないという理由で、母に指摘されたこともあります。

でも、愛想を作ろうとすると、それだけで脳がもう一段疲れるんです。表情を保つという作業に、わざわざエネルギーを割かないといけない。

そして、ここが本当のところなんですが。

警戒モードがデフォルトになった私は、もう「普通に話す」ということがよく分からなくなっています。

笑って、目を見て、軽く雑談して帰る。そんな当たり前のことが、苦痛で仕方がない。

できないことをしようとするのは疲れるだけ。そう分かっていても、私は結局その場では愛想を取り繕ってしまう。

それを今さら「普通」に戻れたら、なんていう思考は、大昔に捨てました。

なるようになれ。ただ、それだけの話です。

それでも、“理由”を知ることには意味があった

ここまで読んで、解決策が知りたい方もいると思います。

正直に言うと、私の警戒モードは今も消えていません。たぶん、これからも消えないのだと思います。

「普通」に戻る、という方向はもう諦めました。
それは負けたという話ではなく、
ただ、自分には合わない目標だったというだけのことです。

でも、一つだけ変わったことがあります。

それは「理由」を知ったことです。

これは「自分がおかしいから」ではなかった。
たぶん、長年かけて作られた防御反応だった。
そして、脳を守るために、その反応が必要だった時期も確かにあった。

戻れなくても、それでいい。

ただ、「なぜこうなったか」を知っているのと知らないのとでは、
自分への当たりが少し違ってくる気がします。

このあたりは、意志の力ではなく“安全基地”で回復する話ともつながっていると感じています。

  • 【結論だけ知りたい人向け・要点まとめ】
  • 双極性障害では、脳が刺激を受け取りすぎることがある
  • 人の視線・表情・声・空気は、それだけで大きな情報量になる
  • 抑うつ状態では、警戒心がさらに強くなりやすい
  • 目線を下げる、逃げ道を探すなどは「怠け」ではなく生活防衛
  • 「普通」に戻れなくても、“理由”を知ることには意味がある

まとめ|目線を下げていたのは、生き延びるためだった

私はずっと、目線を下げて生きてきました。

人の顔をまっすぐ見れなかったのは、感じが悪かったからでも、
努力が足りなかったからでもない。
たぶん、そうやって脳を守らないと、毎日を運べなかったからだと思います。

双極性障害と警戒モードの関係は、
医学的にきれいに証明できるものではないかもしれません。

でも、刺激への過敏さや脳疲労を抱えながら生きている人にとって、
この感覚はわりとリアルなものなのではないでしょうか。

今も、警戒モードは消えていません。 人混みに行けば、やっぱり疲れます。「普通」に話すことも、たぶんこの先もできない。

それでも、目線を下げていたのは生き延びるためだった。そう思えるようになったぶんだけ、自分を責める回数は減りました。

治った、という話ではありません。

ただ、なるようになれ、と思えるようになった。

今のところは、それで十分な気がしています。

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この記事を書いた人

「双極性障害」「老猫介護」「ペットロス」「脳疲労」。

このブログでは、
混合状態や在宅生活の中で感じたことを、
猫たちとの暮らしと一緒に記録しています。

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