実家にいるだけで疲れる理由|常に戦闘態勢だった学生時代

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「家に帰りたくない」は、怠けではなかったのかもしれない

「家に帰りたくない」 でも理由をうまく説明できない。

そんな感覚を、 私は学生時代ずっと抱えていました。

だって誰かに言ったって誰もわかってくれない。
救ってくれないのが分かっていたからです。

いえ、警察という救われ方を知らなかったの間違いか。

学生時代、 私はよく閉店ギリギリまで本屋に残っていました。

特に本を買うわけでもなく、 ただ時間を潰すように店内を歩いていた記憶があります。

そして帰る前、 自転車置き場でぽつりと、

「帰りたくないな」

と呟いたことがありました。

当時は、家がめちゃくちゃで、 勉強なんかする気も起きませんでした。

だからバイトや本屋に逃げた。

双極性障害で壊れた元父が、 家で大きな事件を起こし、 待ち受けているかもしれない。

怒鳴られるかもしれない。 私も、母や弟たちも。

だから家にいると神経がずっと緊張していたんです。

最近になって、 私は「安心」と「戦闘態勢」の違いを、 少しずつ理解し始めました。

もし今、

  • 家にいると壊れた環境の終わりしか考えられなくなってた
  • 外のほうが呼吸しやすい
  • 帰宅前に足が止まる
  • 一人の時間なのに休まらない

そんな感覚がある人がいたら。

この記事が、 少しだけ自分を理解するヒントになるかもしれません。


飲食店のホールスタッフは、意外と平気だった

私は学生時代、 飲食店のホールスタッフをしていました。

対人関係が苦手なのに、 意外かもしれません。

でも今振り返ると、 私は「人」が苦手だったわけではなく、

“何が起こるかわからない対人”

が苦手だったんだと思います。

ホールの仕事には、

  • やることが決まっている
  • 会話のパターンがある
  • 役割が明確
  • 感情の読み合いが少ない

という安心感がありました。

もちろん忙しいし疲れます。

でも、家の中のような、 常に空気を探る緊張感とは少し違いました。


レジ打ちは、かなり緊張してきつかった

ただ、レジ打ちは苦手でした。

責任が大きいからです。

  • お金を間違えられない
  • 人を待たせるプレッシャー
  • 後ろの列
  • 焦り
  • ミスへの恐怖

一気に神経が張りつめる。

今思うと私は、 「自由な対人」より、 “責任+対人+緊張”の組み合わせに かなり弱かった気がします。

だから同じ接客でも、 役割が明確なホール業務と、 瞬間判断が連続するレジでは、 疲労感がまったく違いました。


家の中では、ずっと戦闘態勢だった

当時の私は、 家にいる元父のことを、 疫病神とか怪物みたいに感じていました。

実際に何かされる時だけじゃなく、 “いる”だけで神経が張る。

だから家の中では、 常に少し警戒していた気がします。

音。 空気。 足音。 機嫌。

そういうものを無意識に確認しながら 生活していました。

当時はそれが普通だったので、 自分が疲弊している自覚も あまりありませんでした。

でも今思うと、 私はずっと「休息」ではなく、 “待機状態”で生きていたんだと思います。

具体的に何が起きていたのか、 元父との出来事については 双極性障害の親にされて辛かったこと・救われたこと|「無関心」という最大の自己防衛の方に書いています。


「安全地帯」は家の外にあった

だから私は、 本屋やバイト先に長くいました。

閉店ギリギリまで本屋を歩いて、 帰宅時間を少しでも遅らせる。

バイトが終わったあと、 すぐ帰れずに自転車置き場で止まる。

あれは怠けでも反抗でもなく、

“神経を戦闘モードに戻したくなかった”

んだと思います。

家の外にいる間だけ、 少し呼吸が浅くなくなる感じがありました。


悲惨な家庭環境の中、猫だけが、帰る理由だった

それでも私は帰っていました。

猫がいたからです。

もし猫がいなかったら、 もっと遅くまで外にいたかもしれません。

家そのものは安心じゃない。 でも猫は大切。

だから私は、

「帰りたい」

ではなく、

「帰らなきゃ」

で帰宅していました。

今振り返ると、 あの頃の私は、 “安心できる場所”を探し続けていたんだと思います。

あの頃帰る理由だった子との別れについては ペットロスから立ち直れないあなたへの方に書いています。


「個性」と「防御反応」は混ざり合う。結果、人間関係にヒビが入る

私は昔から、

  • マイペース
  • 空気を読まない
  • 天然で人を逆撫でする

と言われることがありました。

でも一方で、 人の感情や空気には かなり敏感でした。

今思うと、 元々の感受性や個性に、 家庭環境の緊張が加わって、

「常に周囲を警戒する性格」

が出来上がっていったのかもしれません。

だから私は、 単純に「性格が悪い」とも、 「全部病気のせい」とも思っていません。

ただ、 長い時間をかけて、 自分なりの生存モードを作っていたんだと思います。


緊張ばっかりで「安心」を知らないまま育つ人もいる

最近になって気づいたことがあります。

私は長い間、

“安心している状態”

がよく分かっていませんでした。

静かな部屋にいても、 どこか神経が張っている。

誰も怒っていないのに、 空気を探ってしまう。

そういう状態が普通になっていたからです。

だから今、 少しでも「安全だ」と感じる場所や人に出会うと、 逆に戸惑うことがあります。

長く緊張していた人間が、 後から感情にうまく触れられなくなる感覚については 双極性障害で「楽しかった」がわからない|笑っていたのに実感がない理由の方にも書きました。

もしこの記事を読んで、

「家にいるだけで疲れていた」 「帰りたくない理由を説明できなかった」

そんな記憶がある人がいたら。

それは怠けではなく、 ずっと神経を使い続けていた結果だったのかもしれません。

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この記事を書いた人

「双極性障害」「老猫介護」「ペットロス」「脳疲労」。

このブログでは、
混合状態や在宅生活の中で感じたことを、
猫たちとの暮らしと一緒に記録しています。

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