会話についていけない|頭が真っ白になる私の反応と脳疲労

会話についていけない、ということがよくあります。

人が話しているのは聞こえている。 内容も、たぶん理解はしている。 でも、自分が入っていくタイミングが分からない。

気づいたら、話題はもう次に移っていて、私はまだ一個前のところで止まっている。 そんな感じです。

これは双極性障害になってから特に強くなったんですが、もともとそういう傾向はあったように思います。


雑談が苦手でも、避けられない場面はある

雑談は苦手なほうです。 生産性というか目的がはっきりしないので。
生産性があるような話に組み替えればいい話なんでしょうけど、
そんな高等技術持ち合わせていません。

でも、避けて生きるのは難しいんですよね。

  • 親戚の集まり
  • ちょっとしたイベント
  • 病院の待ち時間に話しかけられる場面
  • 少人数のランチや打ち合わせ

完全に逃げ切れる人ってあまりいないと思います。
私もそうで、そういう場面になるたびに、毎回どうしようかと小さく構えてしまうんですよね。

「雑談 苦手」で検索する人の気持ちは、たぶんけっこう分かる気がします。
そして「緊張 あくび」で検索する人も多いんですよ。

医学的根拠があるわけではないんですが、脳の“オーバーヒート調整”説があります。

かなり有名な説。

あくびには、
脳の温度調整や覚醒レベル調整が関係している可能性があるそうで、

私のように会話で頭が真っ白になるタイプって、

  • 空気読む
  • 次考える
  • 相手の反応見る
  • ミス警戒する
  • 遅れ取り戻そうとする

を同時処理していて、脳負荷がかなり高い。

その結果、脳の状態を切り替えるためにあくびが出る。

という考え方があるそうです。

人が喋ってるときにあくびなんてできないじゃないですか。マナー的に。
しかも、眠いと思われるのが申し訳なくて、あるいは怒らせてしまったらどうしよう、とさらに焦ります。
もうそれが嫌で連発してしまうあくびを嚙み殺すのにどれだけの労力がいることか。


「沈黙」が怖いというより、”会話が止まる感じ”が怖い

よく「沈黙が怖い」って言われますが、私の場合は少し違っていて。

正確には、会話が止まりかけている、あの空気が怖いんです。

  • 自分が原因じゃなくても気まずい
  • 何か話さなきゃ、という焦りが出る
  • 相手の顔色を読み始める

このスイッチが入った瞬間に、すごく消耗します。
沈黙そのものではなく、沈黙の手前で生じる「埋めなきゃ」というプレッシャーのほうがしんどいんですよね。


次の話題を探し始めた瞬間、頭の処理が増える

そして、次の話題を探し始めると、頭の中が急に忙しくなります。

  • 相手の反応を確認する
  • さっきの自分の発言が変じゃなかったか確認する
  • 次の話題を探す
  • 今どこまで話が進んだか整理する

これを全部、ほぼ同時に処理しようとしている。
普通の会話のはずなのに、裏で同時並行のタスクが走っている感じです。

頭の中で同時にいろいろ考え始めると、一気に処理落ちしたみたいになる日があります。

双極性障害の”脳疲労”については、以前こちらにも書きました。 → 双極性障害の脳疲労が限界に来た時のこと


考えている間に、会話だけ先へ進んでいく

裏で処理を回している間に、会話はどんどん進みます。

気づくと話題が3個くらい先に行っていて、私の中では「あれ、なんでその話になったんだろう」となる。

これがこの感覚の核心だと思います。
ついていけないんじゃなくて、処理が追いついていない。

聞こえてはいるし、理解もしている。
でも、自分の中で言葉を組み立てる時間がないまま、次のトピックに進んでしまう。

たぶん、頭が遅いというより、裏でやっている作業が多すぎるんだと思います。


話についていけない焦りで、さらに固まる

そうこうしているうちに、もう入るタイミングはありません。

「今だ」と思ったときには、もう次の話題に移っている。
焦るとますます遅れる。 最終的には、愛想笑いだけで乗り切るモードに入る。

このときの自分は、たぶん外から見たら「話を聞いている人」になっている。
でも実際は、頭の中はぐちゃぐちゃで、ほとんど何も入っていません。

笑顔だけが先に動いているような状態です。
こんな時、大概耳の下から喉にかけて突っ張るような痛みに襲われます。
喉には石が詰まったような感覚が。
「自律神経が悲鳴を上げているのかもな―」と思いながら引きつった笑顔で解散します。


後からどっと疲れる|会話より”処理”で消耗していた

そして、会話が終わってから、どっと疲れが出ます。

  • 帰宅後に動けなくなる
  • そのまま横になってしまう
  • 音や情報量がきつくて、テレビもつけられない

何時間か話しただけで、まる一日分の体力を使った感覚になることがあります。

最近は、「会話が苦手」というより、人と話した後の”脳の消耗”が大きいのかもしれない、と感じています。

以前、人と話した後に動けなくなる感覚についても書きました。 → 人と話した後、異常に疲れる理由


双極性障害の私は、「会話」より「情報処理」がしんどかった

ここまで書いてきて、自分の中で整理がついてきたことがあります。

私がしんどいのは、会話そのものじゃないんですよね。

しんどいのは、会話の裏で走っている情報処理のほう。

  • 相手の表情を読む
  • 自分の言葉を選ぶ
  • 場の空気を維持する
  • 次の話題を探す

これを全部、リアルタイムで回し続けている。 たぶん健康な人もやってはいるんでしょうけど、双極性障害の脳だと、ここの処理が重いんだと思います。

CPUがずっとフル稼働している感じ、と言ったら近いかもしれません。

そりゃ疲れるよな、と最近は思っています。


最近は、”ちゃんと返せない日”があってもいいと思うようになった

以前は、「ちゃんと話せない自分」を責めていました。

ちゃんと返さなきゃ、空気を読まなきゃ、面白いことを言わなきゃ。 そういうのを全部抱えて、終わったあとに動けなくなる、というのを繰り返していた気がします。

最近は、「ちゃんと話せない日」がある前提で生活を組み立てるようになりました。

無理に立て直そうとしない日の過ごし方については、こちらにも書いています。 → 何もできない日の過ごし方

会話についていけない日があってもいいし、愛想笑いで終わる日があってもいい。

それで自分を責めない、というのが、たぶん今の私にはちょうどいいんだと思います。

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この記事を書いた人

「双極性障害」「老猫介護」「ペットロス」「脳疲労」。

このブログでは、
混合状態や在宅生活の中で感じたことを、
猫たちとの暮らしと一緒に記録しています。

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