診断された直後って、世界の色が急に変わったみたいになります。
「終わった」 「普通の人生は無理だ」 「もう働けない」 「結婚も無理」 「ずっと薬漬けで生きていくのか」 「一生このまま、何も変わらない」
頭の中で、そういう言葉が連続再生されるんですよね。止めようと思っても、勝手に流れ続ける。
特にネットで検索をすると、重い体験談や、躁状態で人生が壊れた話ばかりが目に入ります。だから「自分もこうなるんだ」と思いやすい。検索結果に引きずられて、未来をどんどん暗い方へ塗っていってしまう。実際、双極性障害の人が検索しがちなキーワードを見ると、その不安がそのまま言葉になっているのがよく分かります。
でも、まず言いたいのは。
“診断”は、人生終了の宣告じゃない、ということです。
むしろ、「何が起きていたのかに、ようやく名前が付いた」という側面のほうが大きい気がします。
今まで、急に元気になって徹夜できた理由。逆に布団から出られなかった理由。人間関係が急に壊れる時期があった理由。脳がオーバーヒートしたみたいになる理由。
そういう「意味不明だった波」に、説明がついただけなんです。
名前がつくと、対処ができる。これはかなり大きいと思います。
糖尿病でも、高血圧でも、原因不明のまま放置されるほうが危険ですよね。双極性障害も、それに近いところがあるのかもしれません。
「ずっと躁状態で暴走する人」というイメージ
診断直後の人が勘違いしやすいのが、「双極性障害=ずっと躁状態で暴走する人」みたいなイメージです。
実際はかなり個人差があります。
むしろ多くの人は、「鬱が長い」「疲労感が強い」「脳疲労と不安がメイン」みたいな形で苦しんでいる。派手に暴走するというより、静かにすり減っていく感じに近い人も多いです。私自身も、躁の派手さよりも脳疲労のほうにずっと悩まされてきました。
しかも、ちゃんと休養・服薬・生活調整をすると、安定して生活している人も普通にいます。
ただ、ネットでは“安定して暮らしている人”はあまり発信しません。なぜなら、安定している時は、病気のことをずっと検索しないからです。
だから検索結果は、どうしても「今かなり苦しい人」の声に偏る。そこは少し差し引いて見たほうがいい気がします。
必要なのは「根性」より「脳の取扱説明書」
これはかなり大事なことなんですが。
双極性障害になる人って、元々「頑張りすぎる人」が多いように思います。
ずっと警戒モード。ずっと無理。ずっとアクセル全開。脳がいつもアラートモードで、気を張り続けている感じ。
脳が「もう限界です」とブレーカーを落としているのに、「気合いが足りない」「もっと頑張らなきゃ」で走り続ける。結果、壊れる。
だから診断後に必要なのは、“根性”より、“脳の扱い方を覚えること”だったりします。
睡眠。刺激。カフェイン。人混み。SNS。予定の詰め込み。季節の変わり目。ストレス。
「あ、自分はここで崩れるんだ」を、ひとつずつ知っていく作業。こうした自分の波を記録していくなら、ライフチャートで自己カウンセリングする方法が役に立つかもしれません。
これは敗北じゃなくて、取扱説明書を読む作業に近いと思っています。自分という機械の、苦手な使い方を確認していくだけ。
もちろん、綺麗事だけでは済みません。
薬の調整が合わない時期もある。働けない時期もある。周囲に理解されず、傷つくこともある。「前みたいに動けない」という喪失感も、かなりきついです。
でも、“今の自分に合う生き方”へ少しずつ調整していくと、意外と人生はゼロにはならない。
むしろ、無理して壊れ続けていた頃より、静かで安定した生活になる人もいます。
「人生オワタ」じゃなくて、「今までの戦い方では脳が持たなかった」。たぶん、それに近いんだと思います。
診断は絶望の烙印ではなく、“自分の脳の特性を知る入口”なのかもしれません。
だから、診断された直後の自分に言うなら、ひとつだけ。
検索しすぎる前に、寝ろ。今日はとにかく寝ろ。
脳が限界状態の時、人間は未来を全部、絶望側に解釈します。まずはそこからだと思います。睡眠を生活の軸に置く考え方は、睡眠と意思決定のルールにもまとめています。
独りにならないでほしい
診断された直後は、頭の中が真っ暗になります。
「人生終わった」「普通には戻れない」「周囲に迷惑をかけるだけだ」。そういう考えが、止まらなくなることがある。
でも、そういう時ほど、人は急に連絡を断ったり、自分を閉じ込めたりしやすいんですよね。
双極性障害は、“一人で抱え込むほど危険になる病気”でもあります。
特に躁状態は、自分では「むしろ調子がいい」と感じることがある。だから厄介です。
寝なくても動ける。アイデアが止まらない。急に自信が湧く。「今なら全部できる」と思う。
その瞬間は苦しくない。むしろ快感に近いことすらあります。
でも後から見ると、お金を使いすぎていた。人間関係を壊していた。予定を詰め込みすぎていた。攻撃的になっていた。脳がオーバーヒートしていた。そういうことが、少なくありません。この「なんでもできる気がする」感覚については、万能感の罠でも詳しく書いています。
だから、「自分の躁状態のサイン」を知ることは、本当に大切だと思います。
喋る量が増える。寝る時間が減る。急にSNS投稿が増える。頭の回転が速すぎる。“万能感”が出る。
最初は分からなくても、少しずつ「あ、自分はこの辺から危ないんだ」が見えてきます。
それが見えるようになると、波を完全に消せなくても、“早めにブレーキを踏む”ことができるようになる。これはかなり大きいです。
そのためにも、独りになりすぎないでほしい。
家族でも。主治医でも。支援者でも。ネットの仲間でも。「最近ちょっと危ないかも」を言葉にできる相手がいるだけで、助かることがあります。
福祉制度は「安全装置」
そのために、福祉制度があります。
日本ではまだ、「福祉を使う=人生終了」みたいに感じてしまう空気がある気がします。
でも実際は違うと思います。
双極性障害は、“脳のエネルギー管理が必要な病気”です。無理を続けると悪化しやすい。逆に、休養や環境調整で安定する人も多い。
だから福祉制度は、「甘えた人のため」ではなく、“壊れ切る前に生活を支えるため”に存在しています。
精神障害者保健福祉手帳。自立支援医療。障害年金。就労移行支援。B型作業所。
こういう制度は、「終わった人の隔離場所」ではありません。“生き延びるための安全装置”です。手帳や障害年金の具体的な使い方については、福祉支援と障害年金についての記事にまとめています。
実際、診断直後はショックで、「手帳なんて持ったら終わり」と思う人もいます。自分もそうでした。
でも、限界なのに制度を拒否して、無理して、壊れて、さらに悪化するほうが、ずっときつい。
使えるものを使って、休める時に休んで、脳のダメージを減らす。それは逃げではなく、治療の一部だと思っています。
特に双極性障害は、「元気になった気がして無理をする」→「反動で落ちる」を繰り返しやすい病気でもあります。
だから、“常に100%で生きる”より、“70%で長く生き残る”くらいの感覚のほうが、結果的に安定しやすいことがある。
福祉制度は、その「余白」を作るためのものなんだと思います。人生を諦めるためじゃなくて、細くても長く繋ぐためのもの。
それでも「綺麗事だ」と感じる人へ
ここまで読んで、「そんな綺麗事では生きられない」と感じる人はいると思います。
「あなたは恵まれているから、そんなふうに言えるんだ」と。
それは、たしかに一理あると思っています。
私の昔の境遇や、双極性障害に至った経緯については別の記事にも書いていますが、客観的に見れば、私は恵まれている側です。
特に大きいのは、母の存在でした。
20年以上、双極性障害や自閉症について勉強してきた人が身近にいる。これは、かなり特殊だと思います。
「怠け」「気合い不足」「根性がない」ではなく、「脳が限界なんだ」という前提で見てもらえた。それだけで、救われた部分は大きいです。ただ、家族との関係はいつも穏やかとは限らなくて、家族との関係やトラウマについては、別の記事に書いています。
B型事業所に入れた時も、「そんな所に行くなんて」ではなく、「よかったね」と言ってもらえた。
この環境は、当たり前ではありません。
世の中には、病気そのものを否定される人もいる。家族から責められる人もいる。休むことを許されない人もいる。
だから私は、「誰でも大丈夫」と簡単には言えません。環境によって、難易度は本当に変わるからです。
ただ、それでも思うのは。
“理解されない環境の中で生き延びている時点で、かなり頑張っている”ということです。
双極性障害そのものだけでも消耗するのに、さらに「理解されない苦しさ」まで背負っている人は、本当に疲弊します。
だからまず、「自分は弱いから潰れた」とだけは、思わないでほしい。
支えが少ない状態で生きること自体、難易度が高いんです。
そして逆に言えば、少しでも理解者や制度や居場所が増えるだけで、人はかなり変わることがあります。
全部を一人で背負わなくていい。
それを知るだけでも、少し違う気がしています。

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