老猫のサインを見逃さないで。後ろ足の衰えと、双極症の記憶を補う「毎日まめ」の記録術

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最近、カイちゃんが自分のお家の前でしきりに鳴いていた理由が、ようやく分かりました。 後ろの左足に、うまく力が入らないようなのです。

お家に入ろうとして、ふとバックしてしまう。それは「今の自分ではスムーズに入れないかもしれない」という、彼女なりの不安の表れだったのでしょう。 「抱き上げて、お家に入れて」 そう訴えるカイちゃんを抱え、奥までエスコート。後ろ足が少しはみ出してはいるものの、本人は満足げに眠りにつきました。抱き上げ方が少し雑だったのか、一言文句を言われましたが(笑)、それもまた彼女らしい反応です。

不思議なのは、足に力が入らないはずなのに、時間をかけてでもキャットタワーの一番上まで登ってしまうこと。使う筋肉が違うのか、あるいは「高いところへ行きたい」という本能が痛みを上回るのか。 今朝もカイちゃんコールで目が覚め、タワーの頂上にいる彼女を見て肝を冷やしました。「危ない!」とすぐさま床へ下ろし、お家へin。我ながらいい仕事をしましたが、数分後にはソファの上で丸まってこちらを睨んでいる……。お猫様の機嫌を取るのは、至難の業です。

「5番目」の私と、猫たちの序列

我が家には、猫たちなりの「序列」があるようです。 「カイ」ちゃんに一目惚れした弟が1番。一番最後に帰宅した私は、どうやら5番目。だからこそ、母や弟には甘える「カイ」ちゃんも、私にはどこかドライです。いえ、ものすごくドライです。だって母は抱っこしても少し嬉し気ですし、下の下の弟にはスリスリしに行くし!基本おさわり禁止、私だけじゃないですか!

かつて私が強請って迎えた「そーちゃん」や、今の「しぃちゃん」は私に甘々ですが、「カイ」ちゃんだけは一筋縄ではいきません。 「しぃ」ちゃんに至っては、「ウンチ出たよ!」と枕元まで報告に来てくれるほどの信頼(?)を寄せてくれています。……嬉しいけれど、報告のタイミングと臭いについては、もう少し配慮をお願いしたいところです。

記憶の空白を埋める「まめ」の存在

ふと我に返ると、この冬の記憶がほとんどないことに気づきました。 出勤せず、ずっと猫たちとお留守番をしていたせいか、脳が記録をサボっていたようです。

そんな私の命綱になっているのが「毎日まめ」というアプリ。 気分を「まめ」の顔で選び、その日の出来事をタップして書き残す。課金してグラフ化してみると、「数日間の躁のあとに、これだけの鬱がきていたんだ」と、自分のバイオリズムが残酷なほど明確に分かります。 2月中旬のあの混合状態も、もっと早くこのアプリに出会っていれば、もう少し冷静に対処できたのかもしれません。


ちなみに、毎日まめを使い始めてひと月が経過しました。一度月末に軽躁状態になったその二日後から鬱の波が続いていることがグラフでわかるようになりました。

これには医師もびっくりというか楽でしょうね。今度また友達とお茶会するので軽躁になりそうですが。ちゃんと落ち着いた言動をするよう心がけたいと思います。ハッピーな私じゃなくてちょっと鬱な私でいかないと後に響きますからね。

ジブリ飯と、母との「視点」の差

今朝は母と「アルプスの少女ハイジ」の話で盛り上がりました。 黒パンに乗せるあのチーズ、そしてふかふかの干し草のベッド。ジブリの世界観は、なぜあんなに五感を刺激するのでしょう。

絵描きである母が語る「ジブリの凄さ」に、私はまだ追いつけない部分があります。 年を重ねて理解できるようになったこともありますが、何十年見ても「まだ理解しきれない」と言う母の探究心。この温度差が、性格の違いなのか双極の特性なのかは分かりませんが、いつか私も、母と同じ景色が見えるようになりたい、となんとなく思っています。

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