はじめに|「気の持ちよう」と言われた日のこと
朝、猫が私の腕の上で寝ている。その重みでなんとなく目が覚める。 こういう静かな時間は、調子が悪い日でも変わらずやってきます。
私は双極性障害と診断されてから、それなりの年数が経ちました。 診断される前は、気分の波を「性格」や「気の持ちよう」で片づけられたことが、何度かあります。 当時は、それが普通なんだと思っていた気がします。
でも今は、双極性障害やうつ病は脳の働きが関わる病気だと考えられているそうです。 「心の弱さ」から「脳の病気」へ。 その見方が変わるまでに、ずいぶん長い時間がかかったみたいなんですよね。
今日は、その変遷をざっくりたどってみます。
古代〜中世|原因は「体液」や「魂」だった
結論から言うと、昔は気分の落ち込みや高ぶりの原因を、脳とは結びつけていなかったようです。
古代ギリシャには「マニア」「メランコリア」という言葉はあったものの、原因は体の中の体液の偏りだと考えられていたと言われています。 病気という概念はあった。でも、それは脳の話ではなかったわけです。
中世になると、今度は宗教や道徳の問題として見られがちになりました。 「魂が弱い」「意志が足りない」。 そういう受け取られ方を、何百年もされてきた病気なんだと思うと、少し不思議な気持ちになります。
正直、現代の私でも「性格のせいだ」と言われたことがある(まあ、実際天然で人の神経逆なでする)ので。 何百年も前の人がどう扱われたかは、なんとなく想像がついてしまう気がします。
19世紀|「観察できる病気」になった転換点
風向きが変わり始めたのは、19世紀あたりからのようです。
医師たちが、患者の経過をきちんと記録し、病気として整理し始めました。 1854年には、躁とうつが同じ人に交互に現れることが記述されたと言われています。 そして1899年ごろ、クレペリンという人物が、気分の病気を分類として体系化したそうです。
ここが、けっこう大きかったみたいで。 感情の問題が「努力不足」ではなく、「観察できる病気」として扱われ始めた。
当事者の感覚として言うと、この変化はかなり大事な一歩だった気がします。 「気のせい」と「病気」では、扱われ方がまるで違いますから。
20世紀|薬が効くとわかってきた
20世紀に入ると、治療法が一気に進んだようです。
1938年に電気けいれん療法、1957年には最初の抗うつ薬と呼ばれるイミプラミンが登場しました。 薬や身体的な治療で症状が変わることがわかってきたことで、「脳や神経の働きが関わる病気かもしれない」という理解が広がっていったそうです。
考えてみると、これはわかりやすい証拠だったのかもしれません。 意志の問題なら、薬で変わるはずがないので。
そして1980年。 DSM-IIIという診断基準で、双極性障害がうつ病とは別の病気として独立しました。 「躁うつはうつの一種」という曖昧さが、ここでようやく整理されたみたいです。
2000年代〜現在|「脳の病気」として定着
近年は、脳科学がさらに進みました。
fMRIなどの脳画像で、脳の働きに特徴的な変化が見えるようになってきたそうです。 2019年には、磁気刺激療法(TMS)が日本でも保険適用になっています。
今では、双極性障害やうつ病は、遺伝や環境、ストレスが絡み合って起きる、脳の働きが関わる病気だと考えられているようです。
ただ、「脳だけで決まる」という意味でもないらしくて。 生活やストレス、人間関係との相互作用も大きいと言われています。 そのあたりは、私の実感ともそんなにズレていない気がします。
良いことがあれば持ち直すし、無理を続ければ崩れる。 そういう地続きの感覚は、たぶん間違っていなかったんだろうなと思います。
結論だけ知りたい人へ|要点まとめ
- 古代〜中世:体液や魂の問題とされ、脳とは結びつかなかった
- 19世紀:躁とうつが整理され、「観察できる病気」として分類され始めた
- 20世紀:薬が効くとわかり、生物学的な病気と見られるように
- 1980年:双極性障害がうつ病と別の病気として独立(DSM-III)
- 現在:脳の働きが関わる病気として定着しつつある
おわりに
「心の弱さ」と言われた時代から、ここまで来るのに長い時間がかかったんだなと思います。
正直なところ、診断名や呼び方が変わっても、しんどい日のしんどさ自体はそんなに変わりません。 猫はあいかわらず私の腕の上で寝ているし、調子の悪い日もやってきます。
ただ、「性格のせいじゃないのかもしれない」。「福祉も充実して生きやすくなった」 そう思えるだけで、少しだけ呼吸がしやすくなる日もある気がします。
それで、わりと十分なのかもしれません。

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