タスクの山とド鬱の来訪
ここ最近の私は、完全に「ド鬱」の底に沈んでいました。 理由は明確です。自分でも制御しきれないほどのタスクを抱え込み、管理が破綻してしまったからです。
広告アフィリエイトの世界は奥が深く、調べれば調べるほど知識の迷宮に迷い込みます。それに加え、非常にデリケートな相談を二件受け、私なりの「丁寧さ」を尽くして回答しました。私は文章を書くことが得意ですが、それは「相手を不快にさせないため」に神経を極限まで研ぎ澄ませて言葉を選ぶ作業でもあります。その結果は良好でしたが、代償は大きかった。
重厚な本を床に置くように、ドスン、ドスンと心に疲労が積み重なり、気づけば身動きの取れない「ド鬱」の状態に陥っていたのです。これはもう、不可抗力。どうしようもありません。
限界のなかで向かったB型事業所
そんな鉛のような体を引きずって、B型継続支援事業所へ向かいました。 到着した瞬間から、しんどさはピーク。耳の下から喉にかけて、締め付けられるような痛みが走ります。泣き出すのを必死でこらえているとき特有の、あの痛みです。
視界に入るすべてのものが「情報過多」として脳を刺し、目を開けていることすら苦痛でした。結局、サービス管理者さんに許可をもらい、別室で目を閉じながら話をすることに。
失礼な態度だと自覚はありましたが、病気を理解してくれている場所だからこそ、その甘えが許されました。
ぽつぽつと言葉を紡ぎ出すうちに、不思議と喉の痛みが引き、重かった瞼が少しずつ持ち上がってきました。「ド鬱」から「ちょいキツイ鬱」程度にまで、わずかながら浮上できた瞬間でした。
混合状態の正体と、サビ管との2時間半
しかし、ここで客観的な視点が入ります。 ド鬱で動けないはずの人間が、略してサビ管さんと在宅ワークや今後の展望について2時間半も喋り倒している。
母からは「この一ヶ月、ずっと混合状態(躁と鬱が混ざった状態)だよ」と指摘されました。
自分では鬱に振り切っているつもりでも、脳の一部は異常に回転し、報酬を求めて言葉を溢れさせている。サビ管さんと熱く語る「躁」の自分と、その後の反動で動けなくなる「鬱」の自分が、猛スピードで入れ替わっている。これが混合状態の恐ろしさであり、自覚しにくいポイントでもあります。
親族という名の「境界線」:叔母との葛藤
さらに追い打ちをかけるのが、同じB型に通う叔母の存在です。彼女もまた、私と同じ双極性障害を抱えています。 今日、彼女から持ちかけられた相談には、正直なところ「攻撃的な鬱」が顔を出さざるを得ませんでした。
「ネット通販のリスクは負いたくない。でも漫画は読みたいから、あなたのアカウントで買って」
そんな無茶な要求です。LINEを使っている時点でネットのリスクは等しく負っているはずなのに、自分だけは安全な場所にいて、面倒や責任は私に押し付けようとする。
一回くらいなら、とよぎりましたが、それでは彼女のためにならない。 ノートン(セキュリティソフト)を導入しているのに、設定すら「怖いからいい」と拒む彼女に、私の鬱はさらに加速しました。
双極性障害同士だからこそ、お互いの弱さや甘えが鏡のように見えてしまい、理解が届かない。安定剤と鎮痛剤を飲んでいても防ぎきれない、身内ゆえの苛立ちがありました。
晩御飯と「コンビニさん」という救い
帰宅後、私を待っているのは「晩御飯の担当」という現実です。 平日の調理は基本的に私の役割。正直、今のコンディションでは「マジで嫌」の一言に尽きます。しかし、食事抜きという選択肢もまた耐え難い。
スーパーへ行けば、野菜の価格が高騰しており、レジで想定外の金額に凹むことも珍しくありません。物価高の波は、鬱の心にはあまりに冷たく響きます。
だから、今日のようにどうしても心が折れそうなときは、コンビニに頼ることに決めています。
「今日はコンビニ弁当でいい」 そう自分を許せたことは、一つの進歩かもしれません。日本のどこにでもあるコンビニという存在に、どれほど救われているか。
疲弊した脳には、温めるだけで食べられるお弁当が、最高のセラピーになります。
報酬系を求めて、あともう一歩
私の脳は今、激しく「報酬」を欲しがっています。 この一ヶ月、在宅ワークで稼ぐ方法を模索し、実践し続けてきたのは、脳内の報酬系を満たそうとする生存本能かもしれません。
まだ一円の収益も出ていません。でも、あともう少し、あともう少し頑張れば成果が出るはずだと信じています。
ド鬱の底から這い上がり、混合状態の荒波に揉まれながらも、私はこうして文章を書いています。
文章を磨き、削らずに想いを乗せること。これが、今の私にとっての「報酬」への道標です。
頑張れ、私。 明日の朝、今日よりも少しだけ心が軽やかであることを願って。



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