タスクを抱え込み、ド鬱の底に沈んだ
ここ最近の私は、完全に「ド鬱」の底に沈んでいました。
理由ははっきりしています。 自分でも制御しきれないほどのタスクを抱え込んで、管理が破綻してしまったからです。
広告アフィリエイトの世界は奥が深くて、調べれば調べるほど知識の迷宮に迷い込みます。
それに加えて、とてもデリケートな相談を二件受けて、私なりの「丁寧さ」を尽くして答えました。 文章を書くのは得意なほうだと思います。 でもそれは、「相手を不快にさせないため」に神経を極限まで研ぎ澄ませる作業でもあるんですよね。
結果は良好でした。けれど、代償は大きかった。
重い本を床に置くように、ドスン、ドスンと心に疲労が積み重なって、気づけば身動きの取れない状態に陥っていました。
抱え込みすぎてタスク管理が崩れていく感覚については、こちらでも書いています。 関連記事:双極性障害のタスク管理術|脳疲労を減らす5つの工夫
限界のなかで向かったB型事業所
その鉛のような体を引きずって、B型継続支援事業所へ向かいました。
到着した瞬間から、しんどさはピーク。 耳の下から喉にかけて、締め付けられるような痛みが走ります。 泣き出すのを必死でこらえているときの、あの痛みです。
情報過多で、目を開けることすら苦痛だった
視界に入るすべてのものが「情報過多」として脳を刺してくる。 目を開けていることすら苦痛でした。
結局、サービス管理者さんに許可をもらって、別室で目を閉じながら話すことに。
失礼な態度だという自覚はありました。 でも、病気を理解してくれている場所だからこそ、その甘えが許された気がします。
ぽつぽつと言葉を紡ぐうちに、不思議と喉の痛みが引いて、重かった瞼が少しずつ持ち上がってきました。 「ド鬱」から「ちょいキツイ鬱」くらいには、わずかに浮上できた瞬間だったかもしれません。
視界からの刺激そのものがしんどい話は、こちらにまとめています。 関連記事:双極性障害の刺激疲労|“普通に生きる”だけで消耗していた
混合状態の正体と、サビ管との2時間半
ここで、客観的な視点が入ります。
ド鬱で動けないはずの人間が、サビ管さんと在宅ワークや今後の展望について2時間半も喋り倒している。
母からは「この一ヶ月、ずっと混合(躁と鬱が混ざった状態)やで」と指摘されました。
自覚しにくい「躁と鬱の入れ替わり」
自分では鬱に振り切っているつもりでも、脳の一部は異常に回転して、報酬を求めて言葉を溢れさせている。
サビ管さんと熱く語る「躁」の自分と、その後の反動で動けなくなる「鬱」の自分が、猛スピードで入れ替わっている。
これが混合状態の見えにくさで、自覚しにくいポイントなのかもしれません。
混合状態そのものについては、こちらで詳しく書きました。
親族という名の「境界線」:叔母との葛藤
さらに追い打ちをかけたのが、同じB型に通う叔母の存在です。 彼女もまた、私と同じ双極性障害を抱えています。
今日、彼女から持ちかけられた相談には、正直なところ「攻撃的な鬱」が顔を出さざるを得ませんでした。
「ネット通販のリスクは負いたくない。でも漫画は読みたいから、あなたのアカウントで買って」
そんな無茶な要求です。
LINEを使っている時点でネットのリスクは等しく負っているはずなのに、自分だけは安全な場所にいて、面倒や責任は私に押しつけようとする。
一回くらいなら、とよぎりました。 でも、それでは彼女のためにならない気がします。
ノートン(セキュリティソフト)を入れているのに、設定すら「怖いからいい」と拒む彼女に、私の鬱はさらに加速していきました。
双極性障害同士だからこそ、お互いの弱さや甘えが鏡のように見えてしまって、理解が届かない。 安定剤と鎮痛剤を飲んでいても防ぎきれない、身内ゆえの苛立ちがありました。
身内との「境界線」をどう引くかは、ずっと悩んでいるテーマです。 関連記事:対人が一番つらい。双極性障害のド鬱と愛猫の闘病が重なった日の話
晩御飯と「コンビニさん」という救い
帰宅後、私を待っているのは「晩御飯の担当」という現実です。
平日の調理は基本的に私の役割。 正直、今のコンディションでは「マジで嫌」の一言に尽きます。
でも、食事抜きという選択肢もまた耐えがたい。
スーパーへ行けば、野菜の値段が高騰していて、レジで想定外の金額に凹むことも珍しくありません。 物価高の波は、鬱の心にはあまりに冷たく響きます。
だから、今日のようにどうしても心が折れそうなときは、コンビニに頼ることに決めています。
「今日はコンビニ弁当でいい」 そう自分を許せたことは、ひとつの進歩なのかもしれません。
日本のどこにでもあるコンビニという存在に、どれほど救われているか。 疲れきった脳には、温めるだけで食べられるお弁当が、最高のセラピーになる気がします。
しんどい日に「ちゃんとしない」を許す話は、こちらでも。 関連記事:双極性障害で疲れた日の過ごし方|回復を優先する5つの工夫
報酬系を求めて、あともう一歩
私の脳は今、激しく「報酬」を欲しがっています。
この一ヶ月、在宅ワークで稼ぐ方法を模索して、実践し続けてきたのは、脳内の報酬系を満たそうとする生存本能だったのかもしれません。
まだ一円の収益も出ていません。 でも、あともう少し、あともう少し頑張れば成果が出るはずだと信じています。
ド鬱の底から這い上がって、混合状態の荒波に揉まれながらも、私はこうして文章を書いています。
文章を磨いて、削らずに想いを乗せること。 これが、今の私にとっての「報酬」への道標なのかもしれません。
がんばれ、私。 明日の朝、今日よりも少しだけ心が軽やかでありますように。
まとめ:気づけないからこそ、誰かの言葉に頼る
最後に、要点だけ。
- ド鬱に見えても、脳の一部が回り続ける「混合状態」のことがある
- 自分では気づきにくいので、家族やサビ管さんの客観的な指摘が手がかりになる
- 情報過多がつらい日は、目を閉じる・コンビニに頼るなど「ちゃんとしない」選択も逃げ道になる
- 身内との関係では、無理な要求に線を引くことも、結局はお互いのためかもしれない
混合状態は、自分ひとりでは気づけないのが厄介なところだと思います。 だからこそ、母やサビ管さんの「混合状態だよ」という言葉に、今日は救われたのかもしれません。
次の日にどっと来る疲労については、こちらに続きます。 関連記事:混合状態の翌日と、そのまま引きずる日の話

コメント