双極性障害の対人疲労|人と会う前に薬を飲んでいた話

人と会うだけなのに、なぜこんなに疲れるのか。

私は、対人の予定が入った時点で、もう神経が張り詰めていることが多々あります。

会話。空気を読むこと。相手の反応。「ちゃんとしなきゃ」という緊張。

その全部を同時に処理しようとして、人と会う前からすでに消耗していたんですよね。

ひどい時は、歯を食いしばる癖が強くなって、頭痛や肩こりまで出ていました。
だから私は、人と会う前に鎮痛剤や少量の精神安定剤を飲んでいます。

この記事では、双極性障害の「対人疲労」について、実体験ベースで書いていきます。たぶん、同じように人付き合いで消耗してしまう方には、少しだけ届くものがある気がします。

先に結論だけ書いておきます。

  • 対人疲労は気のせいではなく、脳と神経が実際に消耗していること
  • 人と会う「前」から身体は戦闘態勢に入っていること
  • 必要だったのは気合いではなく、安心と距離だったこと

ここだけ読んで離脱してもらってもかまいません。
でも、もう少し付き合ってもらえるなら、その中身を書いていきます。

双極性障害の「対人疲労」は、想像以上に消耗する

会話だけで脳がオーバーヒートしていた

人と話していると、脳がというか、
脳の前あたりがしびれるような、熱を持つような感覚がありました。

会話というのは、たぶん思っているより複雑な作業なんですよね。相手の言葉を聞いて、意味を取って、自分の返答を組み立てて、表情も整える。それを数秒ごとに繰り返している。

健康な時はそれを無意識でやれていたはずなんです。
でも双極性障害の波の中にいると、その一つひとつに脳の容量を取られてしまう。
会話が終わる頃には、頭が回らなくなっていました。

いわゆるブレインフォグ、頭に薄い霧がかかったような状態です。
これについては別記事の[双極性障害のブレインフォグ|頭に霧がかかる感覚]でも詳しく書いています。

空気を読むことが、ずっと緊張状態だった

私の場合、会話の内容よりも「空気を読むこと」のほうが疲れました。

相手が今どう感じているか。この発言は重すぎないか。

沈黙が気まずくないか。

そういうものを、ずっと裏側で計算し続けている感覚です。

気を遣いすぎる、と言われればその通りなんだと思います。

でも、やめようと思ってやめられるものでもなくて。

気づいたら緊張状態がデフォルトになっていました。

対人のあと、何日も動けなくなることがあった

問題は、疲労が当日では終わらないことでした。

数時間人と会っただけなのに、翌日も、その次の日も動けない。
横になっているしかない日が続く。これを何度も経験しました。

「ただ会っただけなのに」と自分でも思っていました。
でも実際には、脳と神経が静かに、でも確実にすり減っていたんだと思います。

人と会う”前”から、身体が緊張していた

予定が入った時点で、歯を食いしばっていた

いちばんつらかったのは、対人そのものより「これから会う」という時間でした。

予定が決まった瞬間から、身体が身構え始めるんです。
前日から消耗していて、当日を迎える頃にはもう疲れている。

そして、無意識に歯を食いしばっていました。
顎や肩が、自分でも気づかないうちに固まっている。

調べてみると、これは「クレンチング」とか「クレンチング症候群」と呼ばれる、
無意識に上下の歯を強く噛みしめる癖のことらしいです。

緊張しているときや我慢しているときに起こりやすく、
対人の予定があるときも、気持ちを抑えたり身構えたりして
顎まわりに力が入りやすいと言われています。

音が出ないことも多いので、自分では気づきにくいそうです。私の場合、朝の顎のだるさや肩こり、頭痛で、ようやく「ああ、また噛みしめていたんだ」と気づく感じでした。身体がずっと戦闘態勢だったんだと思います。

人と会う前に、鎮痛剤や精神安定剤を飲んでいた

そういう状態だったので、私は人と会う前に鎮痛剤や少量の精神安定剤を飲んでいます。

少しでも神経を静かにしたかったんですよね。
「普通に振る舞う」ために、それが必要だと感じていました。

ただ、これは医療的に正しい対処というより、
その場をしのぐための私なりのやり方でした。

薬で緊張を抑えても、根本的な解決にはなりません。

次の対人の予定が来れば、また同じことの繰り返しでした。

薬との付き合い方そのものについては、[双極性障害の薬|服用で迷ったときに考えたこと]のほうに書いています。あくまで体験談として読んでもらえたらと思います。

「みんな普通にできているのに」が苦しかった

当時いちばん自分を追い詰めていたのは、その考えだったかもしれません。

「みんな普通に人と会っているのに、なぜ自分だけこんなに疲れるのか」。

長年それが疑問でした。

心の中では、私は悪くない。そんな現実逃避に逃げるほど追い詰められていましたね。

でも今振り返ると、それは甘えでも私のせいでもなくて、
脳の状態の問題だったんだと思います。

同じ景色を見ても、人によって消耗する量はぜんぜん違う。
それを「甘えや現実逃避」で片付けていたのが、いちばん苦しかった気がします。

本当に必要だったのは、”気合い”ではなく安心だった

人と距離を取って初めて、神経が休んだ

ある時期から、対人の予定をかなり減らしました。

最初は罪悪感がありました。逃げているような気がして。
でも、距離を取ってみて初めて、神経が休まる感覚がわかったんです。

ずっと張りつめていたものが、少しだけゆるむ。
「これが普通の状態なのか」と、その時に思いました。
私にとって一人の時間は、サボりではなくて回復のための時間だったんですよね。

安全基地という考え方については、[双極性障害の回復は意志ではなく安全基地から]という記事にもまとめています。

刺激を減らすことで、対人疲労が少し軽くなった

距離を取るのと同時に、刺激そのものも減らしていきました。

人と会う回数だけでなく、情報の量も。
スマホを見る時間、予定の詰め込み方、そういうものを少しずつ削っていきました。

対人疲労って、会話単体の問題ではなくて、たぶん「刺激の総量」の問題なんだと思います。
器の大きさが決まっていて、そこに入る量を減らせば、対人にも少し余白が回せる。
そんな感覚でした。

「無理して普通になる」をやめ始めた

いちばん大きかったのは、考え方の変化だったかもしれません。

それまでの私は、「普通に振る舞うこと」を目標にしていました。
薬を飲んででも、歯を食いしばってでも、普通に見えるように。

でも、その「普通」は、誰のためのものだったんだろう、と思うようになって。

無理して普通を演じるより、壊れない状態を保つほうが大事だと、
少しずつ思えてきました。生活防衛、と言ってもいいかもしれません。

今でも対人疲労はある。でも、昔より壊れにくくなった

疲れる前に休むようになった

対人疲労が完全になくなったわけではありません。今でも人と会えば疲れます。

変わったのは、タイミングです。
昔は限界まで頑張って、壊れてから休んでいました。
今は、疲れる前に休むようになりました。

予定の前後に空白の日を入れる。
連続で人と会わない。
当たり前のようでいて、昔の私にはできなかったことです。

疲れた日の過ごし方については[双極性障害で疲れた日|何もできない日の過ごし方]にも書いています。

ちなみに、歯の食いしばりそのものへの小さな対処もしています。

予定の前に「上下の歯は離れていていい」と意識する。
机に「力を抜く」とメモを置く。
深呼吸して肩を一度すくめて下ろす。それだけでも顎の緊張は少し変わる気がします。
顎の痛みや頭痛がひどいなら、歯科でマウスピースを相談するのも一つの方法かもしれません。

「対人で疲れる自分」を否定しなくなった

そしてもう一つ。「対人で疲れる自分」を、責めなくなりました。

疲れるのは事実です。それを「弱い」とか「甘え」とか、無理に意味づけしなくなった。ただの脳と神経の特性として、淡々と受け止めるようになりました。

否定しなくなっただけで、不思議と少し楽になりました。
疲労そのものより、「疲れる自分を責める」ことのほうが、消耗が大きかったのかもしれません。

まとめ|対人疲労は、”気のせい”ではなく脳と神経の消耗だった

最後に、この記事で書いたことを整理しておきます。

  • 双極性障害の対人疲労は、想像以上に脳と神経を使っていた
  • 人と会う「前」から、身体はすでに緊張し、歯を食いしばっていた
  • 本当に必要だったのは、頑張ることではなく、安心と距離だった

今でも人付き合いで疲れる日はあります。それは、たぶんこの先も変わらない。

でも、「疲れる自分」を責め続けるより、壊れない距離感を探すようになりました。

そのためには少量の薬も必要になる時もありますが、道具が使い方次第なら薬もそうでしょう。私が飲みすぎなければいい話です。

それだけで、昔よりは少し、生きやすくなった気がしています。

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この記事を書いた人

「双極性障害」「老猫介護」「ペットロス」「脳疲労」。

このブログでは、
混合状態や在宅生活の中で感じたことを、
猫たちとの暮らしと一緒に記録しています。

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