【実録】余命3ヶ月からの1年。末期癌の猫が「目が見えない」診断を覆して見せた奇跡

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数時間の没入と、1歳児からの洗礼

ブログの執筆や仕事に没頭し、数時間が経過した頃。ふと我に返り、限界を迎えた膀胱に急かされて椅子から立ち上がった瞬間、私の足元に「衝撃」が走ります。

犯人は、我が家の元気印、1歳のしぃちゃん。 「数時間も無視してたでしょ!」「こっちを見てよ!」と言わんばかりの、目にも留まらぬパンチ連打。猫飼いにとって、立ち上がる瞬間は「遊びの合図」と勘違いされがちですが、トイレに行きたい飼い主にとっては、まさに死活問題の攻防戦です。

そんな賑やかな日常の傍らで、我が家にはもう一匹、静かに、けれど力強く生きる「お局様」がいます。

「目が見えない」はずのカイちゃんが見せる、驚きの真実

15歳のシニア猫、カイちゃん。 彼女は動物病院の先生から「あー、この子はもう目が見えていないね」と所見を述べられたはずでした。

ところが、私と二人きりの時、彼女は珍しく「ふにゃーにゃー」と可愛らしい声で鳴き、私をじっと見つめてくるのです。その瞳は、明らかに私の動きを追い、私の目線を捉えています。

何よりの証拠は、彼女が大嫌いな「緑茶色の薬」を取り出した瞬間です。 目が見えないはずのカイちゃんは、その薬を見た瞬間に凄まじい反応を見せ、ダッシュでお家(ケージ)の中へと避難します。「先生、本当に見えていないんですか?」と問い詰めたくなるほどの見事な回避能力。

医学的な所見と、飼い主だけが知る日常の姿。このギャップこそが、猫と暮らす醍醐味であり、時に奇跡を感じる瞬間でもあります。

癌との闘い、そして「そーちゃん」が教えてくれたこと

カイちゃんが腸のリンパ腫、そして胃への転移という診断を下されてから、まもなく一年が経とうとしています。 水便に悩まされ、便秘になれば浣腸され……。壮絶な闘病生活を送ってきましたが、かつて我が家にいたそーちゃんに比べれば、今のカイちゃんは驚くほど元気です。

そーちゃんもまた、脳への転移という過酷な状況の中、数度生死の境を彷徨いながら、約1年を生き抜いた「奇跡の猫」でした。 今でもふとした瞬間に、そーちゃんのことを思い出します。忘れたくないのです。

そーちゃんは、カイちゃんの甲高い「ふぎゃー!」「ぎゃうぎゃう!」という鳴き声にドン引きし、「もういいよ……」としょんぼり立ち去るような、少し繊細で哀愁漂う背中をした子でした。

クローゼットに刻まれた「8万円」のラブレター

そーちゃんとの思い出は、温かいものばかりではありません。引っ越しが多い私たち家族にとって、忘れられない「事件」がありました。

ある日、コンパクトなクローゼットのデッドスペース、高い段に置いていたバッグの上にそーちゃんが飛び乗りました。そこまではよくある話ですが、彼はいつの間にか、クローゼットの奥の壁をバリバリと丹念に削り続けていたのです。

その事実に気づいたのは、引っ越しの立ち会いの日。 壁紙どころか、下地まで削れたその修繕費は、なんと8万円。 「えっ、ここで何してたの!?」と寝耳に水の私たちでしたが、当の本人はどこ吹く風。もちろん、愛おしいそーちゃんを怒れるはずもありません。これもまた、彼が生きた証であり、飼い主である私たちの責任としての、高い「授業料」でした。

勉強中にタブレットに顎をスリスリさせて邪魔をしてきたり、膝の上を独占したり。そんなそーちゃんのぬくもりは、今も私の手に残っています。

サイコパスな飼い主?母との奇妙なジョーク

我が家では、薬を嫌がる猫に毅然と対応する私を見て、母が冗談で「あんたはサイコパスだねぇ」なんて言います。 確かに、テーブルの下にお布団を運んでほしいと「にゃーにゃー」訴えるカイちゃんに対し、「ごめんねー」と言いつつ心の中では(猫の言いなりだな……)と冷ややかに分析している自分もいます。

でも、雪の日に「カイちゃんかそーちゃんを雪の中にズボリと入れたろか」と言い出した母を全力で止めたのは私です。 繊細なカイちゃんなら心臓が止まってしまうし、そーちゃんだって可哀想。今でも、新入りのしぃちゃんを外に連れ出そうとする母を止める日々です。母よ、私をサイコパスと呼ぶけれど、あなたも大概ですよ。

プリンターの寿命を削る、しぃちゃんの執着心

そーちゃんが去り、カイちゃんが闘病を続ける中、1歳のしぃちゃんは今日も自由です。 私の膝を経由し、キーボードを踏みつけ、隣のプリンターの上へ着地する。デュアルモニターにしたことで行き場を失ったはずなのに、5kgの巨体で「よいしょ、よいしょ」とプリンターの上を占拠します。

「プリンターの寿命が縮むからやめてー!」という私の悲鳴は、彼女には心地よいBGMにしか聞こえていないようです。

奇跡の毎日を噛み締めて

余命3か月と言われたカイちゃんが、1年経った今もちゅーるを6本食べ、私に目線を合わせて要求を伝えてくる。 数度の生死の境をさまよったそーちゃんが、1年も一緒にいてくれた。

すべては当たり前ではなく、奇跡の積み重ねです。 一番の心配は、もしカイちゃんに何かが起きた時、そーちゃんの死に泣き叫んだ弟が耐えられるかどうか。でも、それはその時に考えればいいこと。

今はただ、テーブルの下で満足げにお布団に潜り込むカイちゃんの丸い背中を見守り、しぃちゃんのパンチを受け止め、そーちゃんが残した「8万円の壁」の思い出を笑い飛ばしながら、この愛おしい日々を綴っていきたいと思います。

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