双極性障害「混合状態」の正体。脳の空回りと、研究が解き明かす最新の希望

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終わらない「混合状態」のなかで

2026年2月。私は今、自分が「混合状態」にあるという自覚を持ちながら、この文章を綴っています。 やっと暴走が止まったかと思えば、そうでもない。脳内では常に複数のエンジンが空回りし、アクセルとブレーキを同時に踏み込んでいるような、形容しがたい疲労感の中にいます。

あまりの情報の濁流に、メインのブログとは別のサイトで、思考を整理するために書き殴っていた記録があります。そこには、病の本質を突き止めようとする必死な私の姿がありました。

躁の衝動:深夜のデュアルモニター構築

昨夜、私はワードプレスの設定と格闘していました。 見かねた母から「これ以上脳を使うな、寝ろ」と指令が下り、渋々ハイベッドに上がったのですが……。そこで見ていた動画が、私の「躁」に火をつけました。

「デュアルモニター(画面二台)は作業効率を劇的に変える」

その一言を聞いた瞬間、寝るはずだった体は勝手に動いていました。「ノートパソコンの画面が小さいなら、余っている古いモニターを繋げばいいじゃないか」。思い立ったが吉日、深夜にもかかわらずパソコン周りの大掃除(という名の片付け)を開始。結局、もう一台の古いモニターが映らず、無駄な時間を浪費してしまいましたが、なんとか二画面環境を構築しました。

客観的に見れば、これは典型的な「躁」の暴走です。休めと言われているのに、寝る間も惜しんで環境構築に没頭してしまう。けれど、その時の私には、それが「正義」であり、どうしてもやらなければならないタスクに見えていたのです。

聖書の言葉:両手いっぱいの荷物と、脳内の先回り

翌朝、疲れ果てた私に母が贈ってくれたのは、聖書の**「伝道の書 4:6」**の言葉でした。

「両手いっぱいに仕事を持つのは風を追うようなことだ。それよりも,片手は休息で満たす方がよい」

私の明日のタスクは4つ。シングルタスクしかできない私にとって、4つはすでに限界を超えています。しかし母曰く、私の頭の中ではすでに「その4つを実行した後のシミュレーション」まで始まっており、実質8つ分の脳のリソースを消費しているというのです。

「そりゃ、やる前から疲れるわけだ」 阿保らしいと思いつつ、自分の脳の仕組みを言い当てられた気がして、妙に納得してしまいました。混合状態の脳は、未来の不安を先取りして、勝手にオーバーヒートを起こしているのです。

B型事業所での限界と、研究への希望

しんどさを抱えながら向かったB型事業所の面談。社長からは「ここにはパソコン作業はない」と告げられました。 今の私にとって、単純な内職作業は苦行でしかありません。

  • 鬱のとき: 集中力が20分で切れ、泥の中にいるような感覚。
  • 躁のとき: モチベーションが続かず、単調な作業に耐えられない。
  • 混合状態: ギリギリ続けられるが、脳への負荷が強すぎて、帰宅後に寝込む。

通所すること自体が「しんどい」とわかっていて行くのは、本当に辛い。 そんな暗澹たる気持ちでバスに揺られていたとき、朝に見たYouTubeの動画を思い出しました。

そこでは、双極性障害の原因部位が脳の深い場所にある**「視床室傍核(ししょうしつぼうかく)」**であるという研究結果が紹介されていました。 現在のリチウム製剤は、長く飲み続ければ腎臓への負担が避けられません。もし、この「視床室傍核」にダイレクトにアプローチできる新しい薬ができれば……。副作用に怯えず、リチウムから解放される日が来るかもしれない。

しかし、研究は後継者不足や検体不足という現実に直面しているそうです。「薬ができるまでに、私が先に旅立ってしまうかも」という寂寥感(せきりょうかん)と、「今の時代なら唾液を送るだけで研究に貢献できるのか」という驚き。バスの窓の外を眺めながら、科学の進歩と自分の命の残り時間を天秤にかけていました。

結局、今日を生き延びたという事実

帰宅後、叔母からの無遠慮なLINEにキレそうになったり、混合の波が「鬱寄り」にシフトして、タイピングすら苦痛に感じたり。私の毎日は、依然として綱渡りのようです。

それでも、家に帰ればカイちゃんがお布団から顔を出し、しぃちゃんがハイベッドの定位置で寝ている。 「今日も、猫たちは生きていた。母も無事に帰ってきた」。 それだけで、もう十分じゃないか。

片手を休息で満たすことは、まだ上手くできません。でも、こうしてしんどい体に鞭打って「今の脳の状態」を書き残せたこと。それ自体を、今日の私の成果として、少しだけ自分を許してあげたいと思います。

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