「ペットは家族」って本当?余命宣告で露わになった友人の本音と、間違ってはいけない命の序列

アニメ

愛猫「カイ」の癌発覚と、友人との決定的な亀裂

ところで皆様はお猫様の病気が発覚して何か変わったこと、やってしまったことなどありますか?

私はあります。「カイ」様が癌だと発覚した時の話です。「しぃ」ちゃんをお迎えしてなんとか保っていたメンタルでしたが、やはりまだ「そー」ちゃんが亡くなってから二か月しかたっていない、ピリピリしていた時でした。

友達と盛大に喧嘩をしました。ペットよりも大事なことがあるでしょ!!

内容は割愛しますが、まあそういうことを言われました。そして私も彼女を傷つける言葉をはいたらしく。「おばあちゃんが亡くなった時、『わかります。私も「そー」ちゃんが亡くなったときすごい悲しかったですもん』って言われて私も傷ついた。ペットと同じにされて悲しかった」

って言われました。私は記憶から消去しているらしいのでわかりませんが。

ペットロスと「家族」の定義をめぐる衝突

それで友達はおばあちゃんとペットを同一視されたと、密かに苛立っていたようなのです。この友達、ペット飼ったことないからそんなこと言えるんでしょうね。

ペットは家族です!!どれほど声を大にして言いたかったか。

もう私それを聞いていっぱいいっぱいになって泣いてしまって。

謝罪からの涙ではありませんよ。あまりにも悲しくて涙が出たんです。

彼女が言ったもっと大事なことを私は半年ほどやっていませんが、彼女との関係は修復しています。ただ、「この人はわかってくれる人ではないかもしれない。また喧嘩をするかもしれない」

その程度に考えています。唯一できた友達だと思ったんだけどな…。

私と同じ双極の人も引っ越していってしまうし。理解者が減って寂しいです。


失言と忘却。ド鬱の渦中でぶつけ合った不完全さ

とまあ、双極性障害ってド鬱になると攻撃的にもなりますし。きっとその時ピリピリしてたしド鬱だったんでしょう。でも私の発言からこうなったとはいえ、後悔はしていません。

彼女の持つ不完全さを垣間見ることができましたし。私の不完全さも痛感しましたし。

ですからまあ、良い経験をしたと言えるのではないでしょうか?

私のトリガーは猫様だということ。そりゃそうでしょう。だって家族なんですし。私、人間より猫のほうが大事ですし。あ、家族は別枠で。

命の優先順位とは?『ブラック・ジャック』が教えてくれたこと

資産家・幼児・猫。誰が一番「重症」かという問い

ところでいきなりですが手塚治虫のブラックジャックを読んだ方いらっしゃいますでしょうか?飛行機内で事故が起こり、貴重な品種の猫と幼児と恰幅の良い資産家?が怪我をした話です。

ブラックジャックは治療はするが優先順位は自分が決めると、確かそのように言っていたと思います。そして最優先で治療されたのが貴重品種の猫でした。資産家はそれはもう激高しました。しかしこの中で一番生命の危険にさらされていたのはその猫でした。

次に幼児を治療し、その次に資産家の治療をしました。ブラックジャックは人間だろうと動物であろうと、分け隔てなく優先順位を決めたのです。

手塚治虫が描いた「命の等価性」に救われる夜

手塚治虫はこの話をどのような思いで描き上げたのでしょうか?凡人である私には理解できない領域なのでしょうが。密猟されて籠に入れられて過度なストレスを与えられ、しまいには命にかかわる怪我をする。

助けられない猫が多い中、しかしブラックジャックは目の前の重傷を負った猫を真っ先に助けました。ブラックジャックの…いえ、手塚治虫の命の価値はきっと等価なのかもしれません。言いきれませんが。

ブラックジャックは深堀するほど難しい漫画ですが、共感を呼ぶ作品でもありますね。あの話を読んだりアニメで見たりした人はホッとしたはずです。

あ、でも現在進行形で幼児さんを育てていらっしゃるお母さま方にはむっとした話だったかもしれません。

共感を呼ぶ作品を世に送り出した手塚治虫はただただ凄いとしかいいようがありません。

「泣く人と一緒に泣く」ということ。私が選んだ共感の道

ここで話が戻ります。共感力というものを人は磨くべきなのだと思うのです。聖書にはこんな言葉があります。

ローマ 12:15 喜ぶ人と一緒に喜び,泣く人と一緒に泣きましょう。

正論よりも、今はただ隣で寄り添う優しさを

時には正論をぶちかますのではなく、正論ではないけれども今はその時ではない。寄り添ってあげることのほうが大事だと。そう思えるような人間に私はなりたいと思っています。

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